Sunday, May 12, 2013

Blue Worker life with patriot days.

2002年 僕は加州で平凡な労働者だった。
仕事は砂漠に近いバックロードを延々と30分走らせところにある、アメリカ有数の巨大空軍基地。通勤移動用のフォードの助手席には茶色い紙袋、その中にはサンドイッチと
ポテトチップ、カルフォルニア産の小さなリンゴ1個がお昼用に入っていた。
ユニホームは基地内で働くシビリアン(一般市民)示すライトグレイのシャツとダークグレイのスラックス、襟元には愛国心を示すパトリオットイーグルのバッチと星条旗バッチを付け、誇り高きアメリカに忠誠を誓い、バックアップする意思表示を常に意識していた。あの忌まわしい9.11がおきて間もない時期なので、国内全体がパトリオット精神が至る所でひるがえっていたから、外国人の僕はその意思表示としてとても大切なピンバッチだった。
僕の仕事は基地内の医療センターでのメンテナンス業務とハウスキーピング業務、患者のベッド環境を整えたり、病室の主にリネンを交換したりと看護補助的業務がほとんどであったが、たまに看護スタッフから日系患者への通訳を頼まれることもあった。夜勤では軍事施設の幹部クラスのオフイスや、軍事機関のオフイスの清掃業務も契約していたので、興味深いものが目前に見られ、毎回楽しみだった。最も楽しみだったのは幹部クラスのオフィスで、業務をしていると、オフイスを使用している軍幹部の方が、気さくに話しかけてくる。なぜだかわからないが僕が日本人だと知るとかなりリスペクトされる。まあ社交辞令だと思うが、沖縄の基地の影響、それとも第二次大戦の大和魂を知ってのことか。特に日本の軍人の優秀さを話す方が多いように思えた。僕が実際の年齢より若く見えるせいで、ソーダやチョコレート等毎回進められるので、遠慮なく貰っていた。僕はそんな仕事でも、月1500ドルくらいは軽く稼いでいた。まじめに働けば働くほど、好きな曜日、ポジジョンで働くプライオリティーが上がり給料が上がる仕組みだ。とてもシンプル。面倒な人事評価等ない。実際にクオリティーの高い仕事を指示通りこなせるスタッフが全てに休暇、賃金、に優先的に反映される仕組みなので、言葉の壁が少々ある僕でも難なくプライオリティーを手に入れることが出来たのだ。自分の名前がホワイトボードの上位にあがって行くのを見るのは快感で、さすが国営、徹底した平等性には感服したものだ。
僕はそこで平凡なアメリカ労働者を経験した。なんとも充実感のある日々、タイムカードは時間前に並び1分でも残業しないのがアメリカ流、1分でもオーバーワークは仕事ができないということでイメージが悪いのだ。実際、上司の警告無視して、30分オーバーワークを繰り返して首になったケースも過去にあるほどだ。
労働組合の会員カード




基地内車両通行許可書
これさえあれば普段は顔パス。たとえテロ厳戒時でも、待っていれば基地内に入れる。
車下に爆発物探査器具突っ込まれたりするが、シビリアンにはきわめて
丁重に応じてくれる。



いわゆる基地内身分証明書、裏がバーコードで勤怠管理されている。


仕事場のロッカールーム 仲間はヒスパニック、黒人、アジア人、
そして沖縄出身の人も数人いた。もちろん米軍人と結婚した
沖縄女性だ。僕が単身でアメリカに永住していると知ると、頼みもしないのに豪華お弁当持ってきてくれたり
沖縄の人は本当に優しいと感じた。

通勤で使用するバックロード、夜は漆黒の闇となる。

トラビス基地空撮

巨大最先端メディカルセンター

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